【花火】

こんにちは。すごい塾アプス校です。
7/27(土)は、第64回水戸黄門まつり 水戸偕楽園花火大会 の日です。
”夏の風物詩“のひとつ、花火大会ですが、日本ではいつ頃伝わってどのように始まったのかご存じでしょうか?今回は、花火大会のはじまりについて書いていこうと思います🎆

《花火のはじまり~世界史編~》
花火のはじまりは、現在の中国、秦の始皇帝の時代に遠くの人に煙で情報を伝えるために使われた「のろし」だという説と、同じく現在の中国、唐の時代に、「火薬」が発明されたことだとする説があります。どちらにしても、花火は“見て楽しむ”ものではありませんでした。
今のような“見て楽しむ”花火は、14世紀ごろにイタリアでのキリスト教のお祭りに登場した、火花や音を出す”仕掛け花火”のようなものがはじまりだとされています。

《花火のはじまり~日本史編~》
日本の花火のルーツは有名なアレ。織田信長の時代、種子島に鉄砲が伝来したとき、鉄砲とともに火薬も初めて日本にもたらされました。ですが、この時代ではまだ、火薬は戦の道具としてか使用されていませんでした。
火薬が娯楽の道具として使われるようになったのは、江戸時代になってから。戦がない世になってやっと、線香花火やねずみ花火など玩具花火の形で、娯楽としての花火が庶民の遊びの中に登場しました。

《昔はすごかった?水戸藩の花火》
日本で初めて行われた花火大会は、現代でも有名な隅田川花火大会です。江戸時代、8代将軍・徳川吉宗の時代に疫病によって命を落とした人々への慰霊と悪病退散を祈るために開催された隅田川の水神祭りで披露された大花火が、現在の花火大会の起源になったといわれています。
さらに時代が進むと、納涼会の期間には、裕福な町人や大店が花火のスポンサーになって、夜ごと花火が打ち上げられるようになりました。一瞬の輝きに大金を出すことは当時の江戸の人々にとって格好の余興で、そのうち諸大名も、「商人に負けてたまるか!」と、競って花火を打ち上げるようになりました。特に徳川御三家(尾張・紀州・水戸)の花火は大人気で、「今日は紀州の花火」「明日は水戸」と伝えられると、たいへんな数の見物人が集まったとか。
その後、日本の各地でも花火大会が開催されるようになり、水戸藩で行われる「水戸の花火」は、江戸時代の日本三大花火の一つに数えられるほど人気の花火大会となりました。甲府藩の「市川の花火」、三河吉田藩の「吉田の花火」です。現代の日本三大花火大会とは全然違いますね(・□・;)

《千波湖花火大会の始まり》
現代の”水戸の花火“といえば、千波湖花火大会です。千波湖での花火大会は、千波湖がまだ「千波沼」と呼ばれていた明治39年に沼開き花火として始まったものがきっかけと言われています。現在は、水戸黄門まつりの一環として行われていて、今年は約5000発の打ち上げを予定されています。個性豊かな花火が打ち上げられ、湖面に映る逆さ花火や、フィナーレを飾る特大ミュージックスターマインを楽しむことができます。

やるべき勉強は夕方までに済ませ、夜は花火を楽しむ過ごし方も良いのではないでしょうか(*’▽’) 暑い日が続きますが、体調にはくれぐれも気を付けつつ、”夏“を楽しんでください。